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2013年8月30日 (金)

歌の魂

世界中で最も歌われているであろう曲のひとつ

フランクシナトラ
エルビスプレスリーなど偉大なるシンガーに歌われ

また逆にシドヴィシャスには
投げ捨てるように歌われた

たまにはカラオケで酔客による
聞くに耐えないこの歌を耳にすることもある

幾度と耳にしてきて
改めて聞こうとも思えないこの曲であるが
藤圭子さんが歌うこの曲をこの1週間の間、何度聞いただろうか

空を切り裂き、宇宙の果て
次元の向こうにまで届きそうな歌声

これこそ歌の魂というものなのでしょう

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コメント

今更ながら天才ブルース(怨歌)歌手と思い知らされました。
合掌。

あまりにも辛すぎるので、カバー写真を藤圭子の誕生の地の岩手県一関市の山の風景にかえました。
https://www.facebook.com/pages/藤圭子-別れの朝/180456475475329

それから、プロフ写真もかえたのですが笑顔でないのが残念です。

ネット上を探しても綺麗でしかも笑顔の写真が見当たりません。

もし、ご存知でしたら教えて頂けませんか。

よろしくお願い致します。

「マイウェイ」を聴かせていただきました。

アップありがとうございます。

感謝です。

画像のセンスも凄く良いですね。

「みだれ髪」がヨウツベに4つアップされていますが、音声は凄く良いのですが、画像がみな好きでは有りません。

ブログ主さんのセンスでアップして頂けませんか。

よろしくお願い致します。

それから、「歌の魂」という言葉、核心をつかれている、と思います。

魂という意味での「ソウルシンガー」が藤圭子に最もふさわしい、と気づきました。

ご検討をお願い致します。

まだ感情が乱れていますので、勝手な要求ばかり立て続けに致しまして恐縮です。

8月22日、深い悲しみの淵に沈みいまだ這い上がれそうにありません。思い出しては涙するばかりです。私は五十代の中年となりましたが十代の頃から心の奥底より彼女、藤圭子のファンでした。これからもそうあり続けると思います。
いつの日か彼女のステージを見る日を夢にしていましたが、今は只ただ冥福を祈りたいと思います。
そんな今このサイトは私にとってひとすじの光明となります。どうか長く続けてください。ありがとうございます。

追悼句

雪月花
並び立つ美は
藤の花

嗚呼

デルスさん

昔「新宿の女」「夢は夜ひらく」などのヒット曲を歌っていた歌手…という形容詞ではなく偉大なシンガーであったということを札幌の街にも少しでも伝えたいです。また一杯お付き合いください。

古東正舟さん

ご期待に応えられるかわかりませんが、今後なんらかの動画などアップできればと思います。今かなり貴重な圭子さん動画が追悼としてアップされておりますが、よくぞ残っていたと思わせる動画もたくさんありました。引退したあとでも圭子さんをこれだけ応援されていた方が多いことを改めて感じる次第であります。

黒うさぎさん

大変気持ちの込められた追悼句ありがとうございました。花は褒められるために咲くのではなく命を全うするために咲くのだという言葉をつい先ほどしったのですが、圭子さんは歌手としてまさに命を全うするために歌われてきたのでしょう。
今日の命のために歌ってきた方の歌声をコンサートで直に触れてみたかったというかなわぬ思い、これからも大事にしてゆきたいと思います。

黒うさぎです。
再びお邪魔することをお許し下さい。
先日の追悼句について、この場をお借りし、もう一つ追句として故人のご霊前に捧げたいと思います。


愛でたきは
ふじの高嶺の
なごり雪


その心は…。


富士と藤圭子。並び立てるは誇大妄想…なれど、その上で愚論を綴ると。
奇しくも、先頃富士は世界遺産と認定されました。
富士の美はその類い稀な形態にあるはもとより、その高嶺に降り積もる雪あっての美にあります。
残雪は毎年、一定の流れで月日ととも変様していきます。

古来より人はその変様に季節の移ろいを知り、四季の趣と潤いを味わってきました。山梨に生まれ育った私も実感するところです。県人は朝に夕に富士を眺めて暮らします。


藤圭子。その山も心の中でおりおりに眺め暮らすなかで、喜び哀しみを含め私に人生の大きな趣と潤いをもたらしてくれました。


彼女の歌声は全身全霊より強い振動(ヴァイブレーション)をもって発せられ、魂の叫びであるかのように響いてまいりました。
ピークパフォーマンス。彼女はいつも自身の高嶺(極み)から自身の魂を身を絞るように歌いあげてきたのだと思います。
だから富士の高嶺の雪の如く、美しく時に神々

恐縮です、途切れてしまいました。


美しく時に神々しくさえあったのでしょう。

いま、藤圭子という山の残雪は永遠(とわ)の「なごり雪」となりました。


その記憶は終生、心の中に残して護っていきたいと思います。


藤圭子。その山こそ、日本人の心の遺産であると私は思います。


愛でたきは
「藤」高嶺の
なごり雪

黒うさぎさん

私も圭子さんには富士の山の頂きのような寒々しくも誰もを寄せ付けがたい雰囲気を感じます。しかしまた逆になんともいえぬ共感も覚えてしまうような、それこそ富士山のような神秘的な存在でした。圭子さんはやはり燦々と照り注ぐ太陽というより雪景色が合う方だったような気がします。圭子さんのLP「さいはての女」の裏ジャケットの写真、雪の積もる荒地を雪景色と同化するようにさまようあの写真が圭子さんのレコードジャケット写真の中で一番好きでした。

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